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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6426号 判決 1989年1月30日

主文

一  甲事件原告伊藤萬株式会社と甲事件被告株式会社興産との間で、別紙債権目録記載の売掛代金債権が金六億一八三五万八三三〇円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

二  甲事件原告伊藤萬株式会社のそのほかの請求を棄却する。

三  乙事件被告伊藤萬株式会社は、乙事件原告株式会社興産に対し、金六億一八三五万八三三〇円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  丙事件原告伊藤萬株式会社の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、甲事件及び丙事件原告、乙事件被告伊藤萬株式会社の負担とする。

六  この判決の第三項及び第五項は、仮に執行することができる。

七  甲事件及び丙事件原告、乙事件被告伊藤萬株式会社は、金七億二四五五万円の担保を供するときは、右の仮執行を免れることができる。

事実

(以下甲事件及び丙事件原告、乙事件被告伊藤萬株式会社を単に伊藤萬と、甲事件及び丙事件被告、乙事件原告株式会社興産を単に興産という。)

一  請求の趣旨

(一)  甲事件

1  伊藤萬と興産との間で、別紙債権目録記載の債務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は、興産の負担とする。

との判決

(二)  乙事件

主文第三、第五及び第六項と同じ(他の請求の趣旨と重複する部分を除く。)

(三)  丙事件

1  興産は、伊藤萬に対して金八六六四万一六七〇円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  甲事件の請求原因

(一)  興産は、伊藤萬に対し別紙債権目録記載の債権が存在すると主張している。

(二)  よって、伊藤萬は、右の債務が存在しないとの確認を求める。

三  甲事件の請求原因に対する興産の認否

甲事件の請求原因(一)の事実を認める。

四  甲事件の抗弁・乙事件の請求原因

(一)  興産は、株式会社である。

(二)  興産と伊藤萬との代金支払い方法は、毎月末締め翌々月末日払いの約束であった。

(三)  興産と伊藤萬とは、昭和六〇年三月二二日次の売買契約(以下本件売買契約という。)を結んだ。

1  売り主 興産

2  買い主 伊藤萬

3  目的物 0・3C重油一五〇〇万リットル(以下本件C重油という。)

4  金額 七億〇五〇〇万円(単価一リットル当り四七円)

5  引渡し日 昭和六〇年三月二二日

6  引渡し場所 東亜燃料株式会社下津製油所

7  引渡し方法 エクスパイプ

8  引き取り油送船 第一八松山丸(一〇〇〇万リットル)、第二五永進丸(五〇〇万リットル)

(四)  本件売買契約は、契約当時は興産には判明していなかったが、次のような円環状取引の一部を構成していたことが、後日判明した。

1  第一八松山丸の0・3C重油一〇〇〇万リットル分

売り主伊藤萬買い主日東交易株式会社(目的物右C重油)

売り主日東交易株式会社買い主関西オイル販売株式会社(目的物右C重油)

売り主関西オイル販売株式会社買い主日本オイル興業株式会社(目的物右C重油の中の五〇〇万リットル)

売り主関西オイル販売株式会社買い主株式会社吉田石油店(目的物右C重油の中の残り五〇〇万リットル)

売り主日本オイル興業株式会社買い主興産(目的物右C重油の中の五〇〇万リットル)

売り主株式会社吉田石油店買い主興産(目的物右C重油の中の残り五〇〇万リットル)

売り主興産買い主伊藤萬(目的物右C重油)(本件売買契約)

2  第二五永進丸の0・3C重油五〇〇万リットル分

売り主伊藤萬買い主日東交易株式会社(目的物右C重油)

売り主日東交易株式会社買い主関西オイル販売株式会社(目的物右C重油)

売り主関西オイル販売株式会社買い主日本オイル興業株式会社(目的物右C重油)

売り主日本オイル興業株式会社買い主興産(目的物右C重油)

売り主興産買い主伊藤萬(目的物右C重油)(本件売買契約)

(五)  伊藤萬は、昭和六〇年三月二二日興産に対し受領書を交付することにより、本件C重油の引渡しを受けた旨の意思表示をした。

(六)  よって、興産は、伊藤萬から買い受けた丙事件の請求原因記載の石油製品の代金債務八六六四万一六七〇円と相殺後の本件売買残金である金六億一八三五万八三三〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六〇年六月一日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

五  丙事件の請求原因

(一)  伊藤萬は、株式会社である。

(二)  甲事件請求原因(二)の事実と同じ。

(三)  伊藤萬と興産とは、次の売買契約を結んだ。

1(1) 契約の日 昭和六〇年三月九日

(2) 売り主 伊藤萬

(3) 買い主 興産

(4) 目的物 C重油七〇万〇二四〇リットル

(5) 金額 三二一四万一〇一六円

2(1) 契約の日 昭和六〇年三月一五日

(2) 売り主 伊藤萬

(3) 買い主 興産

(4) 目的物 A重油一〇〇万〇〇一二リットル

(5) 金額 五四五〇万〇六五四円

(四)  よって、伊藤萬は、興産に対し売買代金合計八六六四万一六七〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六〇年六月一日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

六  甲事件抗弁・乙事件請求原因に対する伊藤萬の答弁

(一)  甲事件抗弁・乙事件請求原因(以下甲事件抗弁と略称することがある。)(一)及び(二)の事実を認める。

(二)  甲事件抗弁(三)の事実を否認する。

(三)  甲事件抗弁(四)の事実は、不知。伊藤萬が最初の売り主であり、かつ、最後の買い主であるとの点は否認する。

(四)  甲事件抗弁(五)の事実は、興産主張の受領書の交付の事実を認めるが、そのほかの事実を否認する。本件C重油の引渡しがないかぎり、売買代金の支払いには応じられない。

七  丙事件請求原因に対する興産の答弁

丙事件請求原因事実を認める。

八  伊藤萬の甲事件再抗弁・乙事件抗弁

(一)  前受け成約による取引の合意

(1) 伊藤萬と日東交易との間には、石油製品につき、日東交易が伊藤萬に対して売買代金相当額を前金として支払うことを条件として、伊藤萬と日東交易の間の売買契約を成立させる旨の合意(以下前受け成約による取引の合意という。)があり、伊藤萬は、日東交易から本件C重油の売買について前金を受けていないから、甲事件抗弁(四)に記載の伊藤萬と日東交易の取引は、成立しない。

(2) 興産は、本件売買契約前に、本件C重油の取引が架空の円環状の取引を形成しつつあることを知り、かつ、伊藤萬が右円環に加入する場合は原告の販売先は日東交易になること、そして、伊藤萬と日東交易との間では前受け成約による取引の合意があり、日東交易が伊藤萬に代金を支払わねば、原告が本件C重油の取引に介入しないものであることを知っていた。

(3) したがって、日東交易が前金を伊藤萬に支払っていない以上本件売買契約も成立しない。

(4) そうでないとしても、伊藤萬の興産に対する本件売買に基づく代金の弁済期は、日東交易が伊藤萬に対して代金を支払うまで到来しない。

(二)  売買の当然無効

本件売買契約は、物流が存在することを前提とした売買であるにもかかわらず、目的物は存在しなかった。したがって、売買契約は、当然無効である。

(三)  詐欺による取り消し

(1) 関西オイル販売は、遅くとも昭和六〇年三月初め頃には、その資金繰りが限界に達し、決済不能の状況にあったが、興産及び日東交易を含む丸紅グループは、関西オイル販売のこのような状況を知りながら、共謀のうえ、関西オイル販売向けの取引に原告を介入させ、一時的に関西オイル販売の資金繰りを可能ならしめようとした。

(2) 伊藤萬としては、興産と日東交易間の売買に介入するのは、日東から前金が入金した場合に限られ、入金しないのであれば絶対に介入しないものであった。

(3) ところが、日東交易を含む丸紅グループ及び興産は、伊藤萬を欺もうして興産と日東交易の間の取引に介入させたものである。

(四)  虚偽表示による無効

仮に興産の主張するように取引が円環状に成立したとしても、売買の目的物は、存在しないうえ、契約当事者は、すべて目的物の不存在を知っていたものである。そうすると、各売買はすべて虚偽であり、かつ、そのことをすべての当事者が知っていることとなるから、各売買契約は、虚偽表示で無効となる。

(五)  金融取引

本件売買契約は、これを法的に構成するならば、その実体は虚偽表示としての売買に名を借りた金融取引となる。興産は、金融取引としての請求をしていないから、請求を棄却すべきである。なお、伊藤萬の担当者である和田部長、小林には、金融取引についての権限はなかったから、本件契約が仮に結ばれていたとしても、無権代理として伊藤萬について効力を生じない。

九  甲事件再抗弁・乙事件抗弁に対する興産の認否反論

いずれも争う。

一〇  証拠の関係<省略>

理由

一  甲事件請求原因(一)の事実は、争いがない。

二  甲事件抗弁(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。

三  甲事件抗弁(三)記載の本件売買契約の成否について、判断をする。

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(その認定に供した証拠は、認定事実の次に掲げる。書証の成立についての説示のないものは、成立に争いのない証拠である。以下同じ。)

1  興産の代表者武田は、昭和六〇年三月二一日日本オイル興業の代表者進藤から電話で、日本オイル興業と吉田石油店を売り主として伊藤萬との間で本件C重油の売買の合意ができたが、日本オイル興業と吉田石油店は伊藤萬に対して取引の口座がないので、取引の口座を持っている興産が介入して欲しい、興産の口銭は一リットル当りで五〇銭、伊藤萬に対する売値は一リットル当り四七円で話がついているとの連絡を受け、伊藤萬が了承すれば介入に同意すると答えた。そして、興産の代表者武田は、翌二二日朝電話で伊藤萬の燃料部長和田充弘に対して昨日の電話の内容を確認し、和田から興産の介入を承諾する旨の回答を得たので、和田に対して後ほど受領書に伊藤萬の受領印を貰えるように和田の部下に指示しておいて欲しいと依頼した。

証拠<省略>

2  興産の経理事務担当者谷口セツ子は、昭和六〇年四月五日頃伊藤萬の担当者松尾孝子と売買明細の照合を行い、その双方確認した明細を興産の伊藤萬宛の三月三一日付け請求書に記入し、これを伊藤萬に送付した。

証拠<省略>

3  興産が当初伊藤萬に送付した請求書には、本件C重油の売買代金から興産が伊藤萬から買い受けた石油代金を差し引き、その残額金六億八三二七万二六〇八円を六枚の手形で分割して支払うよう書き込みがあったが、昭和六〇年四月八日か一〇日頃興産の経理事務担当者谷口セツ子は、上記の分割の中身を変えるように伊藤萬の担当者松尾孝子に申し込み、松尾から承諾の返答を得た。

証拠<省略>

以上の事実を認めることができ、これによれば、興産と伊藤萬との間で昭和六〇年三月二二日本件売買契約が結ばれた事実を認めるに十分である。

四  そこで、本件C重油の引渡しに関する事実関係について、判断する。

(一)  円環状取引の形成

本件C重油の一部である次の各C重油について、それぞれの売買の個所に示した各認定事実を総合するとそれぞれの売買の事実を認めることができる。

1  第一八松山丸の0・3C重油一〇〇〇万リットル分

(1) 売り主関西オイル販売株式会社買い主日本オイル興業株式会社

(目的物右C重油の中の五〇〇万リットル)

ア 売買が成立し、その代金を含む金額は、日本オイル興業から関西オイル販売に三月二二、二三、二五日に支払われたこと。

証拠<省略>

イ 関西オイル販売の売値は単価四六円三〇銭であったこと。

証拠<省略>

(2) 売り主関西オイル販売株式会社買い主株式会社吉田石油店

(目的物右C重油の中の残り五〇〇万リットル)

ア 三月二〇日売買が成立し、その代金は、単価四五円であり、その代金を含む金額は三月二二日から二五日までに支払われたこと。

証拠<省略>

(3) 売り主日本オイル興業株式会社買い主興産

(目的物右C重油の中の五〇〇万リットル)

ア 三月二〇日売買が成立し、単価は四六円五〇銭で、代金の請求があること。

証拠<省略>

(4) 売り主株式会社吉田石油店買い主興産

(目的物右C重油の中の残り五〇〇万リットル)

ア 三月二〇日売買が成立し、単価は四六円五〇銭で、代金の請求があること。

証拠<省略>

(5) 売り主興産買い主伊藤萬

(目的物右C重油)

(本件売買契約)

(6) 売り主伊藤萬買い主日東交易株式会社

(目的物右C重油)

ア 伊藤萬が日東交易から四月一九日までに入金されることを予定しており、その日に伝票に計上して、四月二五日に興産に対して七億八〇〇万円の手形で支払う予定であったこと。

証拠<省略>

イ 伊藤萬の興産からの買値が四七円、日東交易に対する売値が四七円二〇銭であったこと。

証拠<省略>

ウ 伊藤萬から日東への売買の日付けは、三月二〇日と二一日となっていること。

証拠<省略>

(7) 売り主日東交易株式会社買い主関西オイル販売株式会社

(目的物右C重油)

ア 関西オイル販売から三月一日日東交易に買値四七円一〇銭で受渡し場所阪神、方法エクスパイプ、現金払い、一万五〇〇〇KLの買い受け申し込みがあったこと。

証拠<省略>

イ 関西オイル販売は、三月二〇日と二一日単価四七円一〇銭で合計一万五〇〇〇KLを受領した旨の受領証を日東交易に発行していること。

証拠<省略>

ウ 日東交易は、関西オイル販売に単価四七円一〇銭で転売したこと。

証拠<省略>

2  第二五永進丸の0・3C重油五〇〇万リットル分

(1) 売り主関西オイル販売株式会社買い主日本オイル興業株式会社

(目的物右C重油)

認定事実及び証拠 上記1の(1)と同じ。

(2) 売り主日本オイル興業株式会社買い主興産

(目的物右C重油)

認定事実及び証拠 上記1の(3)と同じ。

(3) 売り主興産買い主伊藤萬

(目的物右C重油)

(本件売買契約)

(4) 売り主伊藤萬買い主日東交易株式会社

(目的物右C重油)

認定事実及び証拠 上記1の(6)と同じ。

(5) 売り主日東交易株式会社買い主関西オイル販売株式会社

(目的物右C重油)

認定事実及び証拠 上記1の(7)と同じ。

以上のように認定することができ、この認定に反する<証拠>は、上記の証拠に照らして採用することができない。

(二)  買い主の受領の意思表示など

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  関西オイル販売の代表者である森俊雄は、自己の資金繰りのため三月に一〇万キロリットルの石油製品を伊藤萬、日東交易、関西オイル販売のルートで販売してもらいたいといって、伊藤萬の和田充弘部長の了解を得ていたが、実際に実需の伴う取引をすることは困難なので、オーダー整理によって本件の売買をすることを和田部長に了解してもらってくれるよう、日東交易の藤井洋に依頼し、藤井は、和田部長に電話でその旨を話して了解を得た。

証拠<省略>

2  当時は、日東の藤井にも関西オイル販売の転売先が吉田石油店や日本オイル興業になることは、分からなかった。

証拠<省略>

3  最初に注文を出したところは、本件の場合は、関西オイル販売である。

証拠<省略>

4  興産の武田は、本件C重油の取引が総額七億円を上回る多額な取引であり、興産の事業規模(取引先から得ていた石油製品の買いの与信枠は一四ないし一五億円であった。)からみると、いったんトラブルが発生した場合会社の運営に差し支えがでることになるので、伊藤萬から後でクレームをつけられないよう、担当者である和田の最終的な意思を確認したいと考えて、昭和六〇年三月二二日午前の電話で和田に対して、本件C重油の受領書の発行を求めた。

証拠<省略>

5  興産は、昭和六〇年三月二二日本件C重油の受領証用紙二枚に日付、品名、規格、数量、積み地、船名を記載して、ファックスでこれを伊藤萬に電送し、伊藤萬の燃料部燃料第二課は、本件C重油を受領した旨の記名捺印をしたうえ、さらにファックスで興産に返電した。

証拠<省略>

6  興産は、本件C重油の仕入れ先である日本オイル興業には、売買代金総額四億六五〇〇万円のうちの三億一二〇〇万円を支払い、また吉田石油店には売買代金総額二億三二五〇万円の内の一億八八〇〇万円を支払っている。また、興産の残債務については、興産の代表者の武田が個人として保証している。

証拠<省略>

以上の認定に反する<証拠>は、右の認定に供した証拠に照らして採用できない。

(三)  当裁判所の判断

右に認定したところによれば、次の事実を指摘することができる。

1  石油製品の業者間転売においては、売買の目的物は、最初の売り主から最後の買い主に引き渡されることによって、中間の売買契約における目的物の引渡しも完了したものとして扱われるのを通常とするが、本件では、売買は、最初の売り主から最後の買い主まで円環状に締結されており、売買の当事者が承諾すれば、目的物の引渡しを省略したまま、売買の履行を完了することが可能となっていること。

2  本件では、最初の売り主である関西オイル販売が、売買に先立って、商品の仕入れ先である日東交易及び伊藤萬から、目的物の引渡しを省略した円環状の売買契約を結ぶこと(いわゆるオーダー整理)の承諾を得ていたものであり、本件の売買契約は、そのような事前の承諾をもとに実行されたものであること。

3  伊藤萬が本件C重油の物品受領証を発行したことに基づいて、興産は、自己の仕入れ先に対して代金の大部分を支払っていること。

4  このような売買目的物の引渡しの省略は、売買が行なわれるのに先立って、最初の売り主である関西オイル販売の要請によって、伊藤萬において承諾していたものであることは右に述べた通りであるが、伊藤萬は、これによって後に行なわれる円環状の取引において石油製品を売り上げても、その買い主から目的物の引渡しの請求を受けることなく代金を請求できる地位に立ち、転売差益を得ることができることから、このような取引を承諾したものであること。

5  このような目的物の引渡しの省略は、本件の場合最初の売り主である関西オイル販売の資金繰りのために行なわれたものであり、そうであれば、関西オイル販売が支払いを停止した場合その影響を日東交易や伊藤萬が受けることが考えられるが、このようなことは、両者が取引をするに当たって、事前に予想可能な事柄であること。

右に指摘したところから判断すれば、伊藤萬は、本件売買契約の目的物が引き渡されなくとも売買契約に基づく債務の履行を求められることを事前に承諾していたものであり、また、興産に本件C重油の物品受領証を発行することによって、興産がこれに基づきその仕入れ先に対して、売買代金を支払うなど売買の有効性と目的物の引渡しの完了を前提とした行動にでることも予想されたものと考えられる。そうであれば、既に、興産がその仕入れ先に対して売買代金の大部分を支払った現在において、伊藤萬が目的物の引渡しがないことを理由に売買代金の支払いを拒むのは、信義誠実の原則に反し許されないものといわなければならない。

五  そこで伊藤萬の甲事件再抗弁について判断する。

(一)  前受け成約による取引の合意の主張について

伊藤萬は、伊藤萬と日東交易との間には、石油製品につき、日東交易が伊藤萬に対して売買代金相当額を前金として支払うことを条件として、伊藤萬と日東交易の間の売買契約を成立させる旨の合意(以下前受け成約による取引の合意という。)があり、伊藤萬は、日東交易から本件C重油の売買について前金を受けていないから、甲事件抗弁(四)に記載の伊藤萬と日東交易の取引は、成立しない、と主張し、このことをもととして、本件売買契約自体についてもその成立を争うほか、様々な主張をしている。

そこで、伊藤萬主張の合意があったかどうかについて判断する。

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  仮に伊藤萬の主張するように前受け成約による取引の合意があり、その通り実行されていたのであれば、伊藤萬が日東交易に対して多額の売掛債権を有する事態は生じないはずであるのに、伊藤萬は、昭和六〇年三月二五日現在で日東交易に、二月分の売掛金の残債権として一五億円を超える金額の売掛債権を有していた。また、このような多額の売掛債権の発生は、その年の二月にも起こっていた。

証拠<省略>

2  また、伊藤萬主張のような合意があれば、日東交易に対して多額の売掛債権は発生せず、したがって、日東交易からその弁済を受けるための債権譲渡、担保権の設定等を受けることもないこととなるのに、本件の問題が発生した後、伊藤萬は、日東交易などからの債権の回収に多大の努力を払っていた。

証拠<省略>

3  伊藤萬と日東交易との間では、前受け成約による取引の合意はなかったが、日東交易は、伊藤萬内部の事情から、そのような趣旨の記載のある伊藤萬側の契約書に、日東交易において調印して、伊藤萬に送り返していた。

証拠<省略>

以上の認定に反する<証拠>は、右の認定に供した証拠に照らして採用できない。

そうすると、伊藤萬の主張する前受け成約による取引の合意は認められないから、そのような合意の存在を前提とする伊藤萬の主張は、すべての理由がなく採用することはできない。

(二)  売買の当然無効の主張について

伊藤萬のこの点に関する主張は、本件売買契約が物流の存在を前提にしたものであったとの前提に立っている。しかし、既に認定した通り、伊藤萬は、本件売買契約の目的物が引き渡されなくとも売買契約に基づく債務の履行を求められることを事前に承諾していたものであり、また、興産に本件C重油の物品受領証を発行することによって、興産がこれに基づきその仕入れ先に対して、売買代金を支払うなど売買の有効性と目的物の引渡しの完了を前提とした行動にでることも予想されたものと考えられる。そして、目的物の引渡しが最初の売り主と最後の買い主の間で行なわれ、中間の取引業者が直接これに関与しない仕組みの石油の業者間取引において、買い主の方で目的物の受領証をこのような中間の売り主に交付したにもかかわらず、売り主に対して、後日売買の目的物の不存在あるいは目的物の引渡しを受けていないことを主張するならば、石油の売買取引を円滑に行なうことは困難となるであろうことは、見やすい道理である。そうであれば、物流の不存在を理由に売買の無効をいう伊藤萬の主張は、信義誠実の原則に反するものであり、採用することはできない。

(三)  詐欺による取り消しの主張について

伊藤萬の詐欺の主張は、伊藤萬が日東交易と他社の取引に介入するのは、日東交易から伊藤萬に前金が入金した場合に限られていたとの前提に立つものであるが、さきに認定した通り、伊藤萬が日東交易と他社との取引に介入するについてそのような原則が確立していたとの事実は、到底認められないのであるから、伊藤萬の詐欺の主張は、既にこの点において失当で採用することはできないものである。

そして、伊藤萬が日東交易との取引をするについて、興産の側からどの様な欺もう行為があったのか、そしてその結果いかなる錯誤に陥ったのか、またその錯誤と本件の売買の間にどのような因果関係があるのかについては、興産の代理人が指摘するように、伊藤萬の主張は、具体性がなく認定すること自体が困難であるが、記録を調べてみても、上記の点について認定するに足るような状況証拠も発見できないから、詐欺の主張は、採用することは困難であるといわざるを得ない。

(四)  虚偽表示による無効の主張について

伊藤萬のこの点に関する主張は、売買契約のすべての当事者が契約の当時目的物の不存在を知っていたとの前提に立っている。しかし、本件のすべての証拠を検討しても、そのような事実を認定することはできないから、伊藤萬の主張は、既にこの点において失当である。

(五)  金融取引の主張について

この点に関する伊藤萬の主張は、本件売買契約が虚偽表示であるとの前提に立っている。しかし、このようにみることができないことは、既に説示した通りであるから、この主張も採用することは困難である。

六  以上認定、説示したところによれば、興産は伊藤萬に対して甲事件抗弁(三)記載の売買契約に基づく売買代金債権を有していることとなる。

七  乙事件請求原因(一)から(五)まで及び乙事件抗弁についての認定判断は、既に示した通りである。

八  丙事件請求原因事実は当事者間に争いがない。

九  そうすると、丙事件請求原因(三)記載の二つの売買契約に基づく伊藤萬の興産に対する売買代金合計八六六四万一六七〇円の債権は、甲事件抗弁(三)及び乙事件請求原因(三)記載の本件売買契約に基づく売買代金債権七億〇五〇〇万円と対当額で相殺され消滅したものと判断される。そうすると、この伊藤萬の債権に基づく丙事件の請求は理由がないこととなるから、これを棄却すべきこととなる。

一〇  甲事件抗弁(三)及び乙事件請求原因(三)記載の本件売買契約に基づく代金債権は、右の相殺後もなお六億一八三五万八三三〇円残存しているから、右の金額とこれに対する弁済期の翌日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める興産の乙事件の請求は、すべて理由があるからこれを認容すべきものである。

また、別紙債権目録記載の昭和六〇年三月の石油製品売掛代金債権が全額存在しないことの確認を求める伊藤萬の甲事件の請求は、金六億一八三五万八三三〇円とこれに対する弁済期の翌日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を超えて存在しないことの確認を求める限度では理由があるが、そのほかの請求は理由がないのでこれを棄却すべきである。

一一  訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条を適用し、甲事件及び丙事件原告、乙事件被告伊藤萬の負担とする。

また乙事件原告、甲事件及び丙事件被告興産の勝訴部分のうち給付を求める部分について、同法一九六条を適用して仮執行の宣言を付すこととする。

ただ、右の仮執行については、仮に本判決に対して控訴があった場合の判決が確定するまでに要するであろう期間も考慮に入れ、その間に生ずる遅延損害金の金額を含めた総債権額(当裁判所はこれを約八億七八〇〇万円と算定した。)に対して、本件の事案と乙事件原告興産の敗訴可能性を考慮にいれた相当な金額の担保を、乙事件被告伊藤萬から提供させることとすれば、右の仮執行を免れさせても、右の原告の利益を著しく害することとはならないと考えられるから、このような金額の担保の提供を条件とする免脱宣言を付すこととする。

よって、主文の通りに判決する。

(裁判官 浅生重機)

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